• 成瀬 紫苑

飛翔!荒石姉弟ー特殊清掃部隊STOCKー【完結】

――――あれだけ潔癖症なのに、よく清掃業なんて務まるね


 依頼をすれば、空き家、ゴミ屋敷、事故物件…どんな場所でも清掃を行う特殊清掃部隊『STOCK』。その中でも、持ち前の身体能力や技術でパフォーマンスのように仕事をこなす、とのことで、いま注目されている『荒石姉弟』。

 彼女らの仕事っぷりを目の当たりにした主人公は、依頼の為に事務所に訪れるが――?


※この物語はフィクションです。実在の人物、組織などとは一切関係ありません。




金の亡者の姉と極度の潔癖症の弟。



 人って、飛べるのか。

 と、子どもみたいな感想が、思わず口から漏れるほどの光景が今、僕の目前で繰り広げられていた。

 

 今朝までは、生徒たちからも『お化け屋敷』と揶揄われるほどに荒れていた旧棟の体育館。染みのついていた壁は跡形もなく消え、埃の被っていた窓も本来の輝きを取り戻している。腐敗して散乱した木くずやガラスの破片も片され、山積みになっていたゴミの袋も一切処分されていた。


 これらも全て、彼女たちの手によって行われたものなのだろうか、と僕の頭上を飛び回る何者かを目で追いながらボンヤリ思う。



 縦横無尽に飛び跳ねるものの、命綱もつけていなければ、プロペラのような機械を携えているわけでもない。

 紛れもなく生身の身体だけではあるが、彼女は重力を無視するように壁から壁へと飛び跳ねている。


 少なくとも、僕がこの場に来てからの三分間は、地に足をつけていない。


「浄! こっちにも洗剤!」


 若い女性は、柱にぶら下りながら叫ぶ。

 片サイドに括られた栗色に輝く髪に、タンクトップから覗く、ほどよく筋肉のついた健康的な肉体美、くりっとした二重の奥からは真紅の瞳が覗き、誰が見ても美貌だと頷ける容姿を惜しげもなく晒け出す。


 これだけ飛び回っていたら、そら身体まで洗練されるわけだ。


「わかってら」


 体育館中央に一人、ガスマスクに防護服を着用した「浄」と呼ばれた青年らしき人物は、所持したホースを女性の方へと向けて、背中に携えたタンクを弄る。すると、ホースからは洗剤のようなものが飛び出し、女性の方へと一直線に飛ぶ。


 窓に付着したそれを、女性は全身を使ってきゅきゅきゅっと三回ほど擦ると、ぴょんっと飛び退き、別の場所へと移る。その場には先ほどとは見違えるほどきれいに磨かれた窓が生まれていた。


 汚れが落ちる様はこんなにも気持ちが良いものなのか、と目が釘付けになっていた。


「すごい! ヒーローみたい!」


 いつの間にか集まっていた生徒たちがわらわらと騒ぐ。小学生のこの子らにとったら、彼女たちの大胆な行動は、確かにヒーローのようにも映るだろうとは納得できる。


「噂では聞いていたけれど、やっぱりすごいなぁ。躊躇わずに早く依頼していればよかったよ」


 僕の隣に立つ教頭は、顎を擦りながら感嘆の声を漏らす。


「彼女たち、一体、何者なんですか?」僕はいまだ目が離せないまま問う。


 すると教頭は、「知らないのかい?」と、まるで時代遅れだね、と言いたげな顔を僕に向ける。

 周囲にいる生徒たちも、「え、先生知らないの?流行りに遅れてるよ〜」とませたことを言う。心なし僕はむっとなる。


 教頭は軽く咳払いすると、指を立てて僕に振り向く。


「依頼をすれば、空き家、ゴミ屋敷、事故物件、とどんな場所でも清掃してくれる特殊清掃部隊『STOCK』。その中でも、持ち前の身体能力や技術でパフォーマンスのように仕事をこなす、とのことで、いま注目されているのが彼ら『荒石姉弟』なんだよ」


 そこまで説明すると、教頭はいまだ飛び跳ねてる女性を指差す。


「彼女の手にかかれば、どんなものでもたちまち輝く。仕上げ担当の姉、ポリッシュこと荒石研磨」


 そのまま腕を下ろし、ガスマスクの青年を指差す。


「彼の手にかかれば、落ちない汚れなどはない。洗浄担当の弟、スイーパーこと荒石浄」


 教頭は、これが常套句、と言わんばかりの得意げな顔をする。


「以前、街の落書き清掃の際に、コードネームのような名前と共にメディアに取り上げられたことで、今では密かなファンがいるんだよ」


 彼らの磨かれた容姿も相まってね、と教頭はつけたす。やけに詳しいものだ。


「でも、そんなに話題であるのならば、どうして躊躇ったんですか」


 社交辞令として質問を口にすると、教頭は頬に手を当てて、少し困惑した表情を浮かべる。


「実は彼女ら、結構良い値段するんだよね」


「はぁ」僕は気の抜ける声を漏らす。「まぁでも、腕は確かですしね」


「事務所もちょっと特殊だったのもあってね。でも、今この目で見て納得したよ。それに、これなら一から立て直さなくても、少しの修理だけで大丈夫そうだからさ」


 教頭は、噛み締めるように頷く。


「教頭さん! 掃除、終わりましたよ!」


 通る女性の声が館内に響く。


 はっとして体育館に振り向くと、研磨と呼ばれた姉は二階窓枠にへばりつきながら笑顔でこちらに手を振り、浄と呼ばれた弟は一階中央に静かに佇み、無言でこちらを向いていた。


 圧倒されている僕の傍らを、生徒たちがわぁっとまるで有名人にでも出会ったかのようなテンションで通り過ぎる。


「スイーパー! 写真撮ろうよ」


 スマホを手に持った女子生徒数人が、体育館中央で薬品の片付けをしている浄に近づく。


 あれ、確かこの小学校はスマホ禁止じゃなかったっけ、と教育実習生向けのしおりを脳内で捲り返すが、隣に立つ教頭は何も言わないので気にしない。


 近づく女子生徒に気づいた浄は、脊髄反射で腰に引っ掛けていたホースを手に持ち、彼女らの足元に吹きかける。


 女子生徒も、教頭も、僕も目を見開いて静止する。


「……三メートル」


「え?」


「俺の、半径三メートル以内に入るんじゃねぇ」


 浄は焦燥気味に怒る。ガスマスクを着用しててもなお伝わる彼の鋭い眼光に、女子生徒の顔は一瞬で強張る。


 この場にいる皆が呆気に取られていると、姉の研磨が頭を掻きながら彼女らに近づく。


「あ〜ごめんなさい。浄、ちょっと潔癖症なところがあってね。これがデフォルトだから気にしないで」


 研磨は、あははっと笑い飛ばしながらフォローする。

 何を基準に「ちょっと」と定めているのかは不明なものの、彼女のおかげで張り詰めていた空気が少し和らいだ。


 研磨は、にこにこ微笑みながら女子生徒に顔を寄せる。姉の大らかな態度に、萎縮していた女子生徒たちも警戒を解く。


「写真撮りたいのね。この距離からでもよければ、千円でどう?」


 研磨は、指を立てて提案する。僕たちはまたもや唖然とする。


「あ、一シャッター千円ね。コピーの場合は一枚につき五百円。ちなみに今なら、五シャッター毎に、浄の秘蔵写真が付いてくる!」


 研磨は、こなれたようにハキハキと販売促進を行う。


 僕の顔は引き攣る。この姉弟、何かおかしい。


「な、何でもないです……!」


 女子生徒は、そそくさとその場を離れる。


「あっ、逃げたカモ……」


「カモって言うな」浄が研磨の頭をこづく。


「いったぁ〜!お姉ちゃんに向かって何すんのよ」


「弟の写真を売りに出す姉に言われたかねーよ」


 二人はその場でぎゃいぎゃいと姉弟喧嘩を始める。


 僕たちは、その光景を口をぽかんと開けたまま眺めていた。


「いいんですか。あの人たち、うちの生徒から金巻きあげようとしてるんですけど」


 恐る恐る教頭に尋ねるが、彼は無言のまま目を細めていた。思考を停止しているようにも見える。



 ベルが鳴り響き、生徒たちは慌てて教室に戻る。時計を確認すると、昼休み終了五分前だった。


 僕も職員室に戻ろうとしたところで、ふと気になることが浮上して教頭に問いかける。


「あの人たち、依頼するのに窓口とかあるんですか?」


 僕の言葉を聞いた教頭は、おっと口角を上げると、どこに隠し持っていたのか一枚のチラシのようなものを差し出す。僕は流れるようにそれを受け取る。


 会社のテーマなのか、「見つめる未来」の標語と共に、人間や動物たちが手を取り合うパステル調のゆるいイラストがあしらわれている。いかにも慈善活動、といった雰囲気漂う不器用なデザインのものだ。


「なんか、ほのぼのしてますね」


「でしょ。僕もそう思ってた」


「思ってた?」僕は教頭に振り向く。


「まぁ、行ったらわかるんじゃないかな」


 教頭はそう言うと、意味深に頷きながらその場を去った。


 事務所が特殊、と言っていたのと何か関係するのだろうか。


 体力が残っていたら教育実習明けの週末にでも訪れよう、と足早に職員室に戻った。



***



 昨日、教頭があんな態度をとっていた理由をはっきりと理解した。


 今、僕の目前には、強面のサングラスをかけた男の人が、腕を組んで仁王立ちしている。


 一歩引いて看板を確認する。

 確かに、この場所が『特殊清掃部隊STOCK事務所』と書かれている。


 手元のチラシに目を落とす。

 ここに記載されている地図を頼りに、この事務所に訪れていた。


 チラシには「見つめる未来」の標語が掲げられ、人間や動物たちが手を取り合うパステル調のゆるいイラストがあしらわれた、いかにも慈善活動らしい柔らかい雰囲気が漂っている。


 僕は間違えていない。

 だが今、このチラシの雰囲気からは想像もできないような強面の人が、僕の目前に立っているのも事実だ。


「依頼であってるのか」


 唐突に強面のグラサンが威圧的に問う。僕は反射的に肩を震わせる。


「す、少し、ここから離れた場所にはなるのですが、郊外にあるマンションです。ここは、特殊清掃も行ってると聞いたので……」


 僕は強面サングラスの視線を受けながら、たどたどしく答える。


「また、お仕事!?」


 突如、ガラッと音と共に明るい声が耳に飛び込む。

 ハッとして顔を上げると、強面サングラスの後ろの戸が開き、荒石姉、研磨が顔を覗かせた。


 長い栗色の髪をなびかせ、タンクトップにジャージと、いかにも寝間着、といった格好だが、引き締まった美貌であることからも様になっていた。


 研磨は僕の顔を見ると、パッと笑顔になる。


「あ、あなた。もしかして、緑山東小学校にいた人では?」


「お、覚えてくださってるんですか……!」僕は心なし上ずった声になる。


「あたしは一度見た人の顔は、基本的に忘れないのよ」


 研磨は得意げに指を振ると、部屋の奥へと向き、「浄! また仕事だよ!」と叫ぶ。


 まだ見積もりすらしていないのだが、と苦笑していると、奥のベランダらしき場所で何やら作業をしていた浄がこちらに振り向く。


 自室だからか、ガスマスクや防護服は着用しておらず、キューティクルの輝く黒髪がなびき、切れ長で翡翠色に輝く大きな瞳が覗く。眉間には皺が寄り、頬筋が発達していないと見て取れるものの、さすが美男美女姉弟と謡われるだけに、整った容姿をしていた。


 浄は、僕と目が合った瞬間に顔が強張り、近くに置いていたガスマスクを手に取り着用する。

 何だか菌扱いされた気分になり、僕はいたたまれなくなる。


「話が進まん。おまえは引っ込んでろ」


 強面サングラスが研磨を制する。彼と二人きりになるよりかは全然良い。


「準備はしておくからいつでも声かけてね!じゃ、モッちん、ウマいことよろしく」


「モッちん……」無意識に口から漏れていた。

 

 僕の呟きが聞こえたのか、強面サングラスはこちらに振り向く。「元村だ」


「あ、すみません……」僕は肩を窄めて謝罪した。


「そちらへ」


 元村の指すソファに軽く会釈して座る。

 彼が資料の準備をしている間、僕は茫然と室内を見回す。 


 モノトーンで統一されたこの空間には、書類を収納する棚とデスク、そして来客用のソファにウォーターサーバーのみ配置されている。


 さすが清掃事務所なだけに、埃や汚れといったものは確認できず、必要なもののみ残された洗練された空間だ。


 先ほど見た様子からだと、戸の奥が生活空間となっているのだろう。

 元村は姉弟の親なのだろうか、と彼の大きな背中を一瞥する。


 とは言うものの、ここまで研ぎ澄まされた空間に対して、妙な不安も感じた。


 磨かれすぎていることで、外観や壁からは年季を全く感じず、新築のようにすら見える。


 彼らがこの場で過ごした日々すら消されているように僕の目には映っていた。


 小学校の体育館清掃の時にも感じたことだ。


 だからこそ、彼らに仕事を依頼しようと決めたんだ。


「これが、資料だ」


 元村の声が響いたことで我に返る。

 ソファ前の机にお茶と数枚書類が置かれていた。僕は資料を受け取り、内容を確認する。


「清掃は基本料金として、そこから遺品回収や害虫駆除、それに劣化補強などはオプションで追加されていく感じだな」元村が淡々と説明する。


「あの、この『遺品によってお支払いする』って何ですか?」僕は素朴に尋ねる。


 教頭が「結構良い値段するんだよね」と言っていたことからも、料金も気になっていたことだ。

 元村は静かにこちらに顔を向ける。


「うちは特殊な機械や薬を使用する分、少々値が張るものでね。その場に残った遺品をうちが回収することで支払いを立て替えることができる」

 ウィンウィンの関係だな、と彼は真顔でピースする。


「なぁに、基本、何だって金になる。現金で支払う必要がないからお得だよ」


 まるで腎臓売買でも行うかのような怪しい笑みを浮かべるので、僕は静かに顔を落とし、書類を凝視した。

 普段は利用規約などは呼び飛ばすものの、今回ばかりは一文一句見落としできない。


 とはいえ他に特に目立った内容はなく、またその場にある品で依頼金を賄えるのであればむしろ都合が良いな、と僕は同意書にサインした。


 早くその場を立ち去りたかったこともあり、せっかく出していただいたお茶も手をつけられずにその場を後にした。



***



 清掃日当日。普段は閑散とした郊外だが、今日は話題の姉弟が来るからか、周囲はたくさん人がいた。久しぶりにこの家へと足を運ぶが、今だ変わらずに目に馴染む。


 室内に入るとギシギシと静かに軋む。敷かれたままの布団や散乱する本、ひっくり返った椅子なども当時の色をそのまま残していた。


 室内の品を手際よく運び出す人や、査定をしているのかじっとその場に佇み思案する人、会話をする人らで慌ただしい。

 その様子を僕はただ茫然と眺めていた。


 自分では片付けられなかったが、彼らは躊躇うことなく運び出していく。

 

 着々と室内の品がなくなっていくと共に、体内の錆も落とされていく感覚になった。


「そういえば、あの姉弟は……?」


 僕の隣で静かに様子を見守っていた元村に尋ねる。


「あいつらは清掃専門だ」元村は淡々と答えた。


 数十分後、物が全て運び出されたことで室内はがらんどうとなる。

 それと同時に、荒石姉弟の姿がこの場に現れた。


「あれ、モッちん。今日って14時からだよね?」


 研磨は目前ですでに始められている作業を見てキョトンとする。

 彼女の仕事スタイルなのか、作業着つなぎの上着を腰に巻き、タンクトップという以前と同様の恰好をしている。

 

「片付けるものが多くてな、だが、ちょうどいいタイミングだ」

 元村は愛想なく答える。


 研磨の少し後ろに立つ浄は、しばらくこちらを睨むと、後ろを向いて所持していた薬品の類を選別してさっそく調合を始める。

 確か彼は洗浄担当だったっけ、と以前の教頭の常套句を思い出しながら茫然と眺める。


 ただのアパート清掃であるのにガスマスクをつけ、分厚い防護服を着用していることからも、彼の潔癖症加減が窺えるものだ。


「浄くん、あれだけ潔癖症なのに、よく清掃業なんて務まるね」


 僕は目前に立つ研磨に、素朴に抱いた疑問を投げかける。「だって、清掃業なんて、汚いところばかりでしょ」


「むしろ逆、かな。浄は、この世の細菌を撲滅させることが人生の目標なの」


「細菌を撲滅……」僕は苦笑する。「人生の目標が、大きいもんだ」


「浄は徹底して汚いものを拒む。だからこそ、うちの信頼度も上がったのよ」と研磨は屈伸をしながら答える。まるで今からスポーツでもするかのような佇まいだ。


「じゃ、始めるわよ」


 その声と共に、風がびゅうっと勢いよく吹く。


 重力を無視するように、研磨が跳躍した。



 浄が薬品を吹きかけ、研磨が瞬時に磨き上げる。

  

 全部、全部、真っ白に消えていく。


 僕は無意識に目を閉じる。


 自分では落とすことのできなかった汚れ。

 

 ここで過ごした日々も、記憶も、思い出も、全てきれいになくなっていくようだ。


 消えてしまうことに恐怖を感じていた。


 でも、心の奥では、いつかこの日が来るのを望んでいたんだ。


「やっぱりすごいなぁ」


 先ほどまで作業していた人たちは、手を止めて姉弟の勇姿に釘付けになっていた。

 彼らの容姿や仕事っぷりを見ると、ファンがいるという事実にも納得できる。


 僕も、もっと早くに出会いたかったものだ。


「見つめる未来、か……」


 僕は、本来の姿を取り戻していく部屋の中をぼんやりと見ながら呟いた。


「終わりました!!」


 研磨の通る声が響く。それと同時に、ギャラリーからわっと歓声が上がった。


 彼女はニコニコとこちらに振り向くが、すぐに「あれ?」と目を丸くする。


「モッちん。依頼人はどこいったの?」


 研磨は辺りをキョロキョロ見回す。

 元村は一瞬黙った後、視線を逸らす。


「野暮用だ。終わったなら、おまえらは先に帰っておけ」


「あたしたちの仕事っぷりを見てないなんて、薄情な人だね」


 研磨は頬をムクッと膨らませるが、すぐにドア外のギャラリーに気づいて「おっ」と笑顔になる。


「ちゃんと観戦してくれてる人いるじゃん。じゃ、いっちょやりま「せん」」


 研磨が懐から何かを取り出そうとした瞬間、浄が彼女の頭を小突く。前回の様子を思い出したら、何をしようとしていたのか見当はつく。  


「ちぇ、せっかく新作準備したのに」

 

 研磨は悔しそうに口を尖らせて身支度を始める。


「元村」


 浄は険しい顔でこちらに振り向く。「穢れは祓ってから帰れ」


「わかってる」元村は溜息を吐きながら答える。

 

 姉弟はギャラリーを適当に相手しながらこの場を去った。


 そんな光景を茫然と見ていた僕は、いまだ隣に立つ元村を恐る恐る窺う。


「ひとつ、聞いてもいいか?」


 元村は前方を向いたまま口を開く。「幽霊って、飛べるのか?」

 

「少なくとも僕は、彼女たちみたいには飛べません」僕は苦笑する。


 元村は、動じることなくこちらを一瞥する。


「彼らを後から呼んだのって、研磨さんが僕の顔を覚えていたからですよね」


 僕は気になっていたことを尋ねる。

 元村は「そうだな」と顎を擦る。


「あと、まぁ、あまり見せたくないもんで。これでも一応、あいつらの親代わりなんだ」


「優しいですね」僕は力なく笑う。「気付かれたのはいつ頃で?」


「確信したのは、君が茶に全く手をつけなかった時だな」


「知ってますか? こんな身体でも、その気になれば物を掴むことくらいはできるんですよ」


 僕は手をにぎにぎして説明する。「まぁ、実体化できるほど、この世への未練が強かったのかもしれませんが」


 下を向いて呟く僕に元村は「心配するな」と声をかける。


「事務処理や供養もプランに組んである。あとはおまえ次第だ」


「もう満足ですよ。教師になる夢は叶いませんでしたが、少しだけ体験できましたし、それに一人暮らしである以上、この部屋が気がかりだったので。彼らが跡形もなく消してくれたおかげで、もう心置きなく行くことができる」


 僕は薄れゆく足元を茫然と見つめながら語る。


「それにしても、あなたと浄くんは霊感がお強いですね」


「俺は体質だが、あいつは汚れと匂いには人一倍敏感なもので」


 僕は彼に向き直り、深く頭を下げる。


「本当にありがとうございました」


「気にするな。これが俺らの仕事だ」元村は淡々と答える。


 そんな変わらない彼の態度に、今では安心感すら抱いていた。


「元村さんも気をつけてください。人間、いつ死ぬかなんてわからないものですよ」


「俺は昔から、毎日命懸けの生活だ」


 元村は本気かわからないことを真顔で告白する。



 もう一度くらいは、あの姉弟の仕事っぷりを見たかったな、と悔やむも、飛んでる姿だったら上からでも見えるかな、と期待を胸に、身体を風に乗せた。



『飛翔!荒石姉弟-特殊清掃部隊STOCK-』完