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  • 執筆者の写真成瀬 紫苑

死者蘇生の宴-ハロウィン・ナイト-【完結】

十月三十一日。この日だけは、魔界の住民が地上に降りることが許されていた。

魔族と人間が境なく交流する「宴」、いつしかこの日が「ハロウィン」と呼ばれるようになった。

一夜限りの宴だと皆浮かれるも、本来ハロウィンが設けられた理由は別にあった。

最初は乗り気でなかったキッドだが、人間界に降り立った瞬間、自身が「人間だった」頃の記憶が蘇る――――。



***



こちらは、「人間からのオクリモノ」(書籍版では「〇〇からのオクリモノ」)に登場する秋月梨斗の番外編になります。

番外編の為、本編未読でも本作品を読むことは可能ですが、合わせてチェックしていただけますと嬉しいです。


※この物語はフィクションです。実在の人物、組織などとは一切関係ありません。



***



 

魔族に生まれ変わった元人間のハロウィン短編



 魔界の住民は、地上に降りることが禁止されていた。


 過去に人間界に訪れた魔族が、地上で未確認生物「UMA」や「都市伝説」として取り上げられられたという。滑稽な話だが、そのせいで魔族の存在が知れ渡り、また一部の人間には恐怖を植え付けることとなった。

 結果、地上に通じる門が封鎖されたのだった。


 だが、それでも人間界に執着する奴が後を絶たなかった。門を巡って大きな騒動にまで発展したらしい。


 魔界の住民に同情もあるようで、最終的にいくつか「制約」はあるものの、年に一度、門の開かれる日が設けられることとなった。


 その日が、『十月三十一日』だった。 


 この日だけは、人間と魔族の境はなくなり、交流の行える特別な「宴」となる。


 いつしかそんな日が「ハロウィン」と呼ばれるようになった。



***



「キッドは、今年が初めてのハロウィンか」


 紺青色の髪を弄りながらハロルドが言う。白い手袋のつけられた指に絡む髪は癖がなく、女性のように艶がある。たちまちするりとほどけた。


「そうだな。悲しいことに、一度目は強制参加らしい」


 俺は大きく溜息を吐きながら答える。

 俺の言い方に引っかかったのか、ハロルドは眉をひそめてこちらを向く。


「ハロウィンは『宴』さ。楽しみではないのか?」


「そもそも、宴が好きじゃねぇんだ」


 俺はソファに背を預けると、銀灰色の尾に触れる。硬い毛が獣化していない皮膚をチクチクと刺した。


 ハロウィンの前日だからか、魔界には普段以上に浮き立った空気が流れていた。宿舎内も朝から騒がしく、「どの服着よう」「どの街に行こう」と軽い会話が飛び交う。


 この時期に入ってからずっとこの調子なので、正直もうウンザリしていた。


「堂々と人間と交流のできる貴重な日なのだが」


 ハロルドは訝しげに俺を見る。基本的にハロウィンという日を楽しみにしている奴が多いだけ、珍獣扱いされているようにも見える。


「むしろここに来て日が浅ぇから、ノり気にもならねぇもんだ」


 俺は、廊下に視線を向けながら言う。「先月まで『人間』だったんだから」


 魔界の住民は、元々は皆「人間」だった。


 人が死ぬと、「死神」という存在に魂が抜き取られる。その魂が新たな人間を生む「核」として扱われることで、この世は循環している。人間界では「輪廻」と言われるが、正しくその通りだ。


 だが、全ての魂が人間に回されるわけじゃない。


 単純な話、人間に循環されなかった魂で生まれたのが、俺ら「魔族」という存在だった。


「魔族に生まれ変わってから地上に降りると、また見え方も変わるものさ」


 ハロルドは、深い襟に顔をうずめて口角を上げる。鋭く尖った歯がちらりと覗く。

 俺のぶ厚い牙とは違い、細くて鋭利な形状からも、彼が「吸血鬼」だと示していた。


「人間はやっぱり汚ねぇってことか?」


「人間の女性は、魅力的ということ」


「それは多分、生前から引き継がれてる性格だ」俺は軽く手を振る。


「女にだらしねぇ人間だったんだろ。特に吸血鬼なんて、皆、人間の女が好きなどうしようもねぇ奴ばかりじゃねぇか」


「否定はしないさ。でなければ魔族になっていない」


「『Eランク』の成れの果て」


「上級の魂だけが人間に回されるなんて、とんだ差別だよねぇ」

 ハロルドは両手を広げて肩を竦める。


「生前に問題児であった奴の魂が回されても、また問題児を生むだけだ」


 俺はハロルドに視線を向ける。ハロルドは口を曲げて俺を見る。


「言っておくが、君も生前、その『問題児』だったのだぞ」


「わかってるっつの」


「だが君は根は真面目だ。本当にEランクだったのかと疑うよ」


 人型を保っている現在は、まだ理性が備わっているものの、満月の日に人間界に訪れたならば、どんな行動を取るのか俺自身もわからない。


 まだ一度しか獣化したことがないが、獰猛な奴の多い魔界と地上の境が封鎖されている理由も納得はいく。


 ハロルドはふむ、と顎に手を当て、至極真面目な顔になる。


「しかし可愛い顔しているし、もったいない気もするな。人間にもモテるだろうに」


「全然嬉しくねぇよ」俺は露骨に嫌悪感を示す。


「青いねぇ。君も一度、人間を喰らえばわかるだろうさ。特に若い女性の血は格別だね」

 ハロルドは舌なめずりしながら恍惚と笑う。


「ハロウィンの日は『制約』があるものの、堂々と行動できるだけ品定めをするにはちょうど良い。後日、ゆっくり食事をする為にも」


「門が開くのはハロウィンだけだ」


「そんな規則、守っているのかい?」


 真面目だね、とハロルドは大げさに驚く。平然と規則違反していることに、もはや開き直っているようにすら見える。


「君はまだここに来て一ヶ月ほどだから知らないのかもしれないが、地上に続く道は色々開拓されているのさ。もし知りたい時が来たならば、いつでも」


「来るとは思えんが」俺は頭を振って会話をいなした。


 生前から引き継がれている性格なのかは不明だが、他人と慣れ合うのが嫌いなだけハロウィンが面倒でしかない。


 平気でルールを破っている奴が目前にいるだけ、正直すっぽかしても良いか、とも思い始めていた。


「ま、せっかくの宴さ。一夜の甘い夢を楽しもうではないか」


 ハロルドは陽気にそう言うと、ひらりと黒いケープを翻して自室へと戻った。



 一人になったことで、大きく溜息を吐いてうな垂れる。頭上の耳がソファに触れ、ピクリと反応した。


 満月の日以外は、耳と尾を除き人間と同様の容姿をしているが、元々人間だったなんていまだに信じ難い。


 そもそも、新しい人間を生むのに「不適当」と判断された「Eランク」の魂なんだ。自分がどんな人間だったかなんて思い出したいとも思わない。


 慌ただしく住民の行きかう廊下からは、相変わらず軽い声が響く。


 だが、皆、柔らかくて緩み切った顔をしている。「やっと待ち望んだ日が来た」といった安堵が感じられた。


 俺は、そんな住民たちを茫然と眺める。


「地上に『未練』なんてねぇしな……」


 元々、ハロウィンという日が設けられた理由だ。


 ハロルド含む一部は例外だが、禁止されているにも関わらず、地上に出向く理由でよく挙げられたのが「生前出会った人間の元や馴染みの場所に訪れる為」だった。


 魔族になった時点で、人間だった頃の記憶は一切消えている。

 だが、魔界の住民、皆どこか漠然とした「未練」や「後悔」に苛まれていた。


 循環には不要、と見限られた魂で生まれた魔族だ。ろくでもない死に方をして、人間界に未練があってもおかしくない。


 だからこそ、地上に降り立てば、人間だった頃を思い出し、漠然とした「未練」が取り除けるのでは、と希望を抱いていた。


 魔族の成り立ちを理解している門の番人も俺らに同情し、結果ハロウィンという日が設けられたのだ。

 大抵が問題児であったにも関わらず、いざ人間を辞めれば未練がましく地上に縋る。


 とはいうものの、俺自身、地上に対して「未練」を感じないだけ共感ができない。


 他の奴らと同じ問題児であったはずなのに、未練を感じないのは異常なことなのだろうか。


「ま、どうでもいいけどな……」


 俺はそのまま静かに目を閉じた。



***



 夕刻の街中。駅近くの交差点も、この日は歩行者天国に変わるようで、今日は車ではなく人が行きかう。


 日は暮れ、肌寒く薄暗い空ではあるが、対照的に街は熱気と活気で溢れていた。


 缶ビールを手に持ちながら空っぽな会話をする若者集団、俺ら魔族を模した粗末な衣服を着用した学生、木刀や仮面といった普段の生活では使用しない地味な装飾品を所持している会社員もいる。


 広い交差点も、地面が見えないほどに人や魔族で埋め尽くされ、満員列車のような窮屈さを感じる。


 話では聞いていたが、わかりやすく場の空気に酔っている奴らが目に入るたびに頬が引き攣った。


「多すぎんだろ」


「虹ノ宮市は都会だからね。街中のハロウィンはいつもこんな感じさ」


 隣に立つハロルドは、周囲を見回しながら言う。「でも、だからこそ選別し放題だよ」


 まだ魔界に来て日が浅く、隣室である彼しか知り合いがいないこと、さらに地上での生活に慣れているだろうことから彼についてきたが、早速後悔していた。


 彼は昨日、ハロウィンは「品定めにはちょうど良い日」と言っていた。少し考えれば、人間の多い街中に出向くとはわかったはずだ。


「でも逆に、人が多い方が堂々と行動できる」


「それは、そうだろうが」


 人間界の規則なのかは不明だが、街の至るところで、俺ら魔族に似せた格好の「コスプレ」した人間が確認できる。


 場に馴染む為に適当に見繕ったであろうクオリティではあるが、中には一見、仲間かと疑うほどのレベルの高い人間もいる。


 俺らは逆に「人間らしい」恰好を意識するものだ。隣のハロルドも、シックなケープに深い襟とスラックス、清潔感があり容姿だけ見れば紳士に感じられる。


 人間と魔族の混ざる街中でも、外見だけで言えば区別がつかなかった。



 ハロルドは、満足そうに人間を観察した後、大きく伸びをする。


「やはり地上の空気は新鮮だ。それに、以前来た時よりも街がきれいになった気がする」


「そうなのか」


「噂で聞くのさ。最近、ランクを上げてから魂を刈る仕事熱心な死神がいるらしくてね。もしかしたら、その存在のおかげかもしれないな」


 ハロルドは手を口元に当て、「それでは」と咳払いする。


「我はしばらく街を徘徊するよ。キッドもせっかくだから、人間と戯れてみればいいさ」


 そう言うと、ハロルドはケープを翻し、人で溢れる交差点へと歩き始める。


 胸を張り、堂々と歩く後ろ姿は正しくハロウィンを楽しむ人間にしか見えなかった。


 茫然と見送っていたが、「あ、そうそう。一応、忠告だ」とハロルドはこちらに振り向く。



「今日はハロウィンなだけに警備も多い。現に地上も警察官で溢れている」


 確かに周囲には、道の整備や若者に声をかける警察官がたくさん確認できる。


「だからこそ今日は『制約』は守るべきだ。大切な人を傷付けたくないならね」


 そう言うと、ハロルドは再び交差点へと歩き始めた。


 取り残された俺は、暫く茫然と立ち尽くす。


「面倒くせぇな……」


 どこからか、「ケンくんだよね?」との声が響く。


 つられて顔を向けると、脇道で向かい合う男女がいた。


 顔が隠れてはっきり見えないが、匂いから女は「人間」で、男は「魔族」だと判断できた。おそらく男の方は「ゾンビ」に該当する。


「ほ、本当にケンくんなの……?」


 女性は、今見ている現実が受け入れられないようで、言葉を繰り返す。


「そうだよ。僕はケンだ」


 男は優しい声色で答える。


「何で……あの時、ケンくんは…………」


「今日だけは会いに来ることができたんだ。あの日、僕が事故にあったせいで、ミサのウエディングドレスが見られなかったことがずっと悔しかったんだ」


 男は滔々と語る。


「今からでも遅くない。ミサ、日が変わるまで付き合ってくれないか?」


 男がそう尋ねると、女は膝から崩れ落ち、わんわんと泣き始めた。


 俺はそんなやり取りを遠目で眺めていた。


「せいぜい、日が変わるまでに終われば良いが」


 俺は街を歩き始める。「女を噛み殺さない為にも、な」  


 ハロウィンには、「制約」が二つある。


 ひとつは、「人間に危害を加えてはいけない」。


 もうひとつは、「日が変わるまでに魔界に戻ること」だった。


 元々、悪行を行ってきたEランクの成れの果てである魔族だ。ハロウィンという日が設けられた際に、魔族が人間に危害を加えないよう、この日は地上に魔力の弱まる薬が撒かれる決まりになっている。現に今、肌がピリピリと痺れていることでそれは実感している。


 言葉で念を押す為にも「制約」として挙げられているが、そもそも危害が加えられない状態にされる為、ひとつめは大抵守られる。