• 成瀬 紫苑

「開花時期は来月です。」〇月

作品情報は以下より。

※この物語はフィクションです。実在の人物、組織などとは一切関係ありません。



***



「死神」の存在が認識できるのは、死期を迎える「約一ヶ月前」。



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【〇月】


 ジャラジャラと小銭が賽銭箱に投げ入れられ、ガランガランと鈴の音が鳴る。遅れてパンパンと拍子音が響くとしばらく間があり、再び金の音へと繰り返される。

 パチパチと燃える焚火の周囲には人々が暖を取っていた。舞う火の粉が天から降り注ぐ雪と融合し、じゅわりと溶けてはキラキラした雫を降らす。


 参拝に訪れた人々は、背を丸めて寒気から身を守っていた。

 とはいうものの、仕事を納めた満足感か、親戚や友人と集まっているからか、それとももうすぐ年が変わるからか、歩く人々の顔は普段以上に緩んでいる。


 そんな人並みを見下ろせる、神社内中央に位置する大木の上に、彼らは立っていた。


「しまりがないわ」


 真紅の髪に黒色のゴシックな衣装を着用した少女、リンは眉間に皺を寄せて吐き捨てる。まるでゴミを見る目で、不快感が露骨に表れていた。


「今日は『大晦日』って日で、今年最後の日なんだ。仕事も納めてりゃ学校もねぇ。子どもはお年玉、大人は会合、って浮かれるのも仕方ねぇだろな」


 リンの隣に座る、銀髪に全身黒服の青年、ゼンゼは鋭く尖った歯を光らせて嗤う。リンとは対照的に愉快感が滲んでいた。


 立入禁止のロープの貼られた神聖な大木であるものの、二人は平然と立ち入り、さらに木に登って目下を観察していた。

 派手な髪色に服装、何よりも彼らの纏う異質な空気が場にそぐわないものの、浮かれた人々は頭上が視界に入っていないのか、全く気を留める様子はない。


「大晦日に神社に訪れるのは、一年の感謝を神に伝える為だとか。それだけこの世界では『神』という存在を崇めているんだとよ」


「でも私たちは、この世界で崇められるような扱いは受けていない」

 それも不愉快なのよ、とリンは唇を突き出す。


「確かに。神であるには違いねぇのにな」

 ゼンゼはどこか楽しそうに嗤いながら頬杖をつく。


 リンは、小さく溜息を吐きながら再び下を見る。

 この神社は、『学問の神様』で有名で、参拝客も受験を控える学生集団が多い。数年前に大型の感染症が流行した影響から、ほとんどの人がマスクを着用していた。現在はほぼ落ち着いてはいるものの、予防対策を怠ることはない。真面目な日本であるからこその光景でもあった。


「まぁでも、もうすぐ、最高に浮かれた瞬間を見るかもな」


「どういう意味?」


「こういう話を聞いたことがある」

 そう言ってゼンゼは指を立てる。


「今日、日付の変わる瞬間にジャンプをすれば、『日付の変わる瞬間、地球にいなかった』と宣言できるらしい。そんで今は二十三時五十八分。あと二分で来年だ」


「大気圏は地上五百キロまでだから、ジャンプしたところで地球だわ」

 リンは、何言ってるの、と言わんばかりの表情で答える。


「いや、厳密にはそうだけどよ」

 ゼンゼは肩を竦めながら頬を掻く。


「そういうくだらないことでも盛り上がれるのがこいつらなんだ。特にここは若い奴が多いし」


「人間の考えることはわからないわ」


「でも退屈はしねぇ。それはおまえも思うだろ」


 ゼンゼのその問いに、リンは無言で顔を逸らした。


「うわっ! すっげー赤髪!」


 突如、届いた声にリンとゼンゼは静止する。

 真下に顔を向けると、あんぐりと口を開け、こちらを見上げる少年が立っていた。


 短髪の柔らかい髪はところどころ跳ね、分厚いダウンジャケットを着用している。さらに耳当てや手袋、マフラーなどの防寒具が身に付けられていた。

 それらのおかげなのか、彼は寒気を全く感じさせない紅潮した顔で、目も口も大きく開いている。


 少年の母親らしき女性は、一瞬リンたちの方角に顔を向けるも、すぐに顔を逸らし、「何、言ってるのよ」と首を振る。隣にいる父親も首を傾げていた。

 だが、なおも少年はリンたちを見ている。


「ほら、赤夜。雪降っているんだから、早くすませてしまおう」


「あ、待って、お父さん。もう年変わるから、合格祈願はそれから!」


 少年はもう一度こちらを見ると、慌てて両親と人の集まる場所へと姿を消した。

 しばらくすると、人の集団から「十、九、八……」とカウントダウンの声が上がり始める。


「フーン……あいつも、か」

 ゼンゼは愉快気に顎を擦る。


「えぇ。間違いないわ」

 リンは手元のハードカバー本を捲りながら答える。


「受験まで持つと良いが」


「厳しいかもね」


 リンは感情の欠落した声で言う。「彼は来月、開花時期を迎えるのだから」



「ハッピーニューイヤー!」と歓声が上がった。それと同時に大きな拍手が鳴った。

 ところどころジャンプしてる人々が見られる。そんな光景を二人は冷ややかな目で見ていた。


「この木の方が高ぇけど、これは地球にいなかったことになんのかな」


「くだらない」


 リンはゼンゼの軽口を軽く聞き流すと、「仕事よ」と腰を上げた。



『開花時期は来月です。』



 しんしんと音も無く降り注ぐ。綿のように空気を孕んだ白雪は、たちまち辺りに広がり、無垢な絨毯となり変わる。

 一年で最も起きている人が多いであろう長夜に舞う白は、まるで新年を祝福するかのようだった。


 冬季だけ見られる自然現象であり、特に都会である虹ノ宮市はあまり雪が降らないものの、ここ数年は毎年観測されていることから、「雪が降る」という現象は珍しくもなくなっていた。

 むしろ積雪で公共交通機関は止まり、路面凍結で転倒や事故が多発する。何より凍てつく冷気に、もはや犬や子どももテンションが上がるものではなくなっているものだ。


 だが、「死神」は例外のようだ。


「すげ〜白いな。何度見ても、雪ってのは不思議なもんだ」


 銀髪に右目に眼帯をした青年、ゼンゼは、尖った歯を光らせながら辺りを見回す。

 黒服に身を包まれたその身体は、膝下半分ほど雪で埋もれているもの、本人は寒さを感じていないようだ。


「ただ、煩わしいだけだわ」

  

 真っ赤な髪にゴシックな衣装を着た少女、リンは、膝まで埋もれる白い雪に嫌悪感を示す。

 一歩踏み出すたびに、ズボッと重量で雪の潰れる音が鳴った。


「でも、こんな真っ白な雪でも、大気のチリが混じってることで結構汚ねぇんだとよ。だから食用にはできねぇらしい」

 と、ゼンゼは、何かを咀嚼しながら説明する。その手には、真っ白な雪が持たれていた。

 リンは、そんな彼に顔を向ける。


「雪は、食用にならないらしい」


「人間には、な」

 ゼンゼは、何食わぬ顔で雪に齧り付いた。


 山間であるこの場に外灯はなく、周囲は暗闇に包まれている。

 だが、ふもとからは、いまだ活気あふれる騒がしい声が響いていた。


 先ほど下で観察を行っていた時には、小さな子どももたくさん確認できた。

 テレビではバラエティ番組がたくさん放送され、さらに新年というおめでたい日であるからこそ、深夜まで起きていようとも親に許されるのだろう。


 そう、だからこそリンも、今日というおめでたい日に、「仕事」をする場面を公に見せるべきでない、と判断していた。


 しばらくすると、ザシュッザシュッと雪を踏み鳴らす音が届く。

 そしてその音は、次第に大きくなった。


「君たち、早いよ……!」

 

 リンたちの前に現れた、メガネをかけた純粋そうな青年は、はぁはぁと白い息を吐きながら言う。


「ここまで離れなくても良いんじゃ……ここ、雪すごいし……」


「下は騒がしいでしょ」リンは淡々と答える。


 風呂上りが一番清潔であれば、洗浄した野菜が一番新鮮であるもの。

 普段は「手入れ」の済んだ対象は、その場で仕事を済ます。

 だが、先ほどの場所では人が多く、さらにリンたちを認識できる存在がいたことから、場所を移動する必要があった。


「というか君たち、そんな恰好で寒くないの?」


 青年は素朴に問うと、ゼンゼは口角を上げて愉快気に嗤う。


「そうだな。俺らはおまえら『人間』と違って、気温は感じにくい」


「人間って……――――ッ!」


 刹那、青年は跳ねるように胸を反らした。目は見開き、息をすることをも忘れたかのように呼吸が止まる。蹴り上げられた軽い雪は、時間が緩やかに流れるようにふわりと舞った。


 青年の左胸からは、真っ直ぐに茎が伸びる。

 そして、凛と大きく花開いた。


 ゼンゼは瞬時に動く。勢いよく地を蹴り、身体を俊敏に回転させると、腕を大きく振った。

 スパッと心地良い音と共に、青年の胸元から伸びた花が刈られた。


 研磨された刃で刈られた切口は鮮やかで、青年はいまだ何が起こったか理解できていない表情を浮かべている。

 それも束の間、青年は目を見開いたまま、真っ白な雪の上に、無防備にもボフンと倒れ込んだ。


 ほぼ同時にゼンゼも雪原に着地する。

 その口には、生命が宿っているかのように生き生きと輝く花が咥えられていた。


「今回もAランク。お見事」


 ゼンゼは、花を咥えたままパンパン手を鳴らす。

 リンは、いつの間にか所持していた分厚いハードカバー本を脇に抱えると彼に振り向く。ポケットから小瓶を取り出し、ゼンゼに渡した。


 ゼンゼはそれを受け取ると、咥えていた花を小瓶に詰め、コルクで栓をした。

 数秒後、小瓶につけられたラベルに「A」と誰かの名前らしき文字列が浮かび上がった。


「おまえも粋なもんだ。若者が多かったから、下で咲かすのは止めたんだろ」


 ゼンゼは、小瓶に入れられた花を見ながら問う。リンは、僅かに耳を傾ける。


「こいつの未練は『年越しを友人たちと過ごしたい』だった。普段なら、年越しの終えた瞬間、花を咲かせていたはずだ」


 その言葉にリンは反応を示さず、代わりに地面に倒れている青年を見る。もはや雪に埋まっていると表現する方が適切でもあった。


 先ほどまで生きていた青年は、いまやピクリとも動かない。ゼンゼによって「花」が刈られたので当然だった。


 電池の抜かれた時計は時を刻まなければ、充電の切れたスマホの画面は暗いまま。


 人間の身体から「魂」が抜かれたのだから、動かないのが通常だ。


「あんな場所でいきなり心臓発作で人が倒れれば、大勢にトラウマを植え付けることになるわ」


 電池の切れた電子機器にいちいち「可哀想」という感情を抱くことはない。むしろ、電池を交換しなければいけない、としか思わないものだ。


 人間の場合、交換するのが電池ではなく、電子機器の方であるだけ。

 身体という「器」は変わるものの、電池である「魂」は使い回される。

 その原理を知っているからこそ、リンも目前で人が死のうとも、何の感情も生まれなかった。


 だが、人間の場合は違う。


「人間が死ぬ瞬間は、他人に絶大な負の感情を抱かせることになる。そうすれば当然、質が落ちる」


 リンたち死神にとって、人間の死はただの電池交換ならぬ器交換にしか過ぎない。


 だが、人間の場合は、そこに「悲しい」「寂しい」「辛い」「嫌だ」といった負の感情がまとわりつく。

 そうすれば、その感情を抱いた人間の魂のランクが落ち、次に生まれる人間の質が悪くなる。そうして悪循環が生まれるのだ。


「人間の最期には必ず私たち死神が関わることになる。少しでも未練を生む行動を避けたいだけよ」


 そう言うと、リンはゼンゼから花の入った小瓶を受け取る。


 リンは暗い空に掲げて花を確認する。

 小瓶の中の花は鮮やかに花開き、隅々まで栄養がいきわたっていると感じられる。無駄な栄養の吸われる「雑草」などもついておらず、ランク「A」と判断されるほどの輝きを放っていた。


 だが、リンはどこか不満げな表情を浮かべる。


「何だ?」

 彼女の異変に気付いたゼンゼは、素朴に問う。

 

「やっぱり、Sランクには及ばないわね」


「そら、Sランクと比べれば」ゼンゼは肩を竦める。


 花の質には、S~Eまでのランクがある。

 抜きんでた才能を所持していたり、この世に残す未練や後悔が少なくなるほどランクは上がる。そして花のランクは、次生まれる人間の質となる。

 親の才能が遺伝で引き継がれる、と言われるが、その言葉はあながち間違っていない。


「舌が肥えたってもんだぜ。Aランクでも充分すぎる出来だ。そもそも、Sランクに値する人間が早々いねぇんだからよ」


「それもあるけれど、でも、少し違う」


 データ上では、「A」と評価されているだけに十分、質の良い花であるのは確実だ。

 だが、何故かリンには、きれいな花には見えなかった。


 リンはしばらく小瓶を眺めるが、解答が見いだせずに、渋々小瓶をゼンゼに返す。

 ゼンゼは小瓶を咥えると、そのまま丸のみした。


「やっぱ、質の良い花はのどごしが違うぜ」


 ゼンゼの満足気な声が響くが、リンは思案しているのか、顎に手を当てたまま反応を示さなかった。


「そういえば、こいつ。どうするよ?」


 ゼンゼは切り替えるように地面を指差す。差された先には、動かなくなった青年がいた。


「神社からそこまで離れていないし、数日以内に発見されるでしょう。そもそも私たちは、人間に伝える術がない」


 リンは冷静に応える。「私たちは、普通の人間には認識されないのだから」


「ま、仮に見えていても『山中に死人がいる』だなんて気軽に言えたもんじゃねぇな」

 

 使命を全うした二人は、ふもとへ戻るべくザクッザクッと雪を踏み鳴らしてこの場を去った。



***



 この世界の娯楽では「死神」という存在に溢れ、今ではもはや使い古されたモチーフともなっている。


「死」の神である死神は、人間の魂を奪う不吉な存在として扱われることが多く、リンたちも行っていることはそれと変わらない。

 基本的に死神は、「魂の回収」さえすれば、使命を果たせるのだから。


 だが、リンたちを不吉な存在として扱うには、少々異なる。


 それは彼女が、自ら危険を冒してまで、人間の未練や後悔を取り除き、そして最後の願望を叶えようとする一面があるからだった。


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