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  • 執筆者の写真成瀬 紫苑

「開花時期は来月です。」一月

作品情報は以下より。

※この物語はフィクションです。実在の人物、組織などとは一切関係ありません。



***



「死神」の存在が認識できるのは、死期を迎える「約一ヶ月前」。



「〇月」



一月【睦月 赤夜】


「すっげぇ〜〜赤色だな!」


 閑散とした教室内、リンの目前に座る睦月 赤夜(ムツキ アカヤ)は、目を輝かせて言う。

 短髪の柔らかい髪は跳ね、真冬であるのに学ランのボタンは全開だった。

 興奮からか頬が赤く、身体は前のめりになっていた。


「赤髪ってかっけぇ〜な〜。なんつーか、オレ、赤色が好きでさ」


「赤色が好き?」

 リンは若干、背を逸らしながら問う。


「ほら、赤色って、見るだけでもやる気が出てくるだろ? オレの名前にも『赤』が入ってるからかもしんねーけど」

 睦月はにかっと笑う。


 すでに授業は済み、窓の外から部活動に勤しむ生徒の声が、三階のこの場まで届く。

 柱はところどころヒビが入り、いかにも年季の感じられる公立中学校の教室内に、真っ赤な髪にゴシックな衣装を着た少女がいる光景は、あまりにも違和感があった。

 そして、教室内にただ一人いる睦月も、また彼女の髪色が気になっているようだ。


「でも、こんな真っ赤な髪を見たのは初めてだよ。スゲーな、おまえ日本人?」


 睦月は、距離を保たずにズケズケと問う。

 リンは数秒黙るが、「えぇ」と平然と答えた。


「なんか知らんがやる気出てきたぜ〜! さすが赤色! 赤髪だから赤神だ? アカガミ様か!」


 睦月は、一声発声するたびに腕を振り上げたり、こちらを指差したりとアクションが大きい。内なる自分と会話しているのか、リンの反応を待たずに一人で勝手に喋っていた。

 そんな彼のテンションについていけず、リンは呆気に取られていた。


 教室内にパンパンと乾いた音が二回響く。

 正気に戻ると、目前の睦月は、手を合わせてリンを拝んでいた。

 彼の奇行に、リンは開いた口が塞がらない。


「オレさ、受験が成功したら、茜さんに告白するんだ!」


「茜さん?」

 

「オレの家庭教師の先生。すげぇ美人で賢い」

 睦月は顔を上げて説明する。その目は爛々と輝いていた。


「茜さんが通ってる大学の付属高校が志望なんだけど、でも、結構賢いところで。合格できたら、茜さんにも認めてもらえるかなって、さ。でもオレ、馬鹿だから結構焦ってるんだよ。だからアカガミ様にやる気をもらおうって」


「それにしても、人をいきなり拝むのはどうかと」


「神様は拝むものだろ」

 ホラ神社とか、と睦月は当然のように言う。


「ご利益ありますようにって。ってやべ、塾の時間だ」


 時計を見た睦月は、慌てて帰宅の準備を始める。

 

 リンは小さく息を吐きながら分厚いハードカバー本を捲る。そこには、今回の対象である、「睦月赤夜」のデータが記載されていた。

 そのページに貼られている写真と、目前にいる少年の顔は一致していた。


 リンはデータを確認すると、睦月に顔を戻す。


「受験、うまくいくと良いね」


「アカガミ様にそう言われたら上手くいく気がするな」


 睦月は晴れやかな表情で答えると、「じゃ」と手を振って教室を飛び出した。


 リンは、ハードカバー本をぱたりと閉じると、窓から外に顔を出し「ゼンゼ」と声をかけた。


 突如、疾風の如く風が巻き上がる。それと共に、銀髪で眼帯をした青年が教室内に現れた。


「あいつ、大晦日んときにいた奴だよな。俺らの担当だったのか」


 颯爽と登場したゼンゼは、頭に手をやりながら軽く言う。

 大晦日の日、リンたちが別の対象を観察している際、彼女たちに反応した睦月の姿を思い出していた。あの時の彼も、リンの赤髪に過剰に反応していた。


「えぇ。わかっていたけれど、思ったことを素直に口にするタイプのようね」

 リンは、先ほどまでの彼とのやりとりを思い返しながら言う。


「だな。まー義務教育だから仕方ない」


「義務教育?」


「中学生までは強制的に勉強しなければいけないっつーこの世界の法律だ。まだ卒業してねぇからあいつは赤子同然なんだ」


 ゼンゼは愉快気に説明する。「ま、だから少しの無礼ぐらいは許してやれよ、アカガミ様」


 リンは眉を顰めて彼を見る。


「聞いていたの?」


「聞こえてただけだ。死神はあまり良い扱いされてなくて不満気だったろ。良かったじゃねぇか」


「それでも、いきなり人を拝むのは失礼じゃないかしら」


「人間じゃねぇし、俺らは神だ」


「対象は私たちが神だとは気づいていないはず」


「でも、赤い髪ではある」

 神だけに、とゼンゼは尖った歯を光らせて嗤う。リンは眉間に皺を寄せる。


「赤色に過敏すぎないかしら」


「赤色に興奮する動物って、何かいた気がするんだよな。あいつもそれと同類かもな」


 何だったかな、とゼンゼは天井を見る。


「それに人間は、何か共通点があるだけで、仲間意識を持つ習性があるらしいからな。ま、でもそのおかげで今回はやりやすかったんじゃねぇのか」


 リンは、釈然としない表情で自身の髪を触る。

「確かに、今回は『未練』がすぐに判明したわ」


 そう言うと、リンは分厚いハードカバー本を開く。


「対象の願望は、『受験で合格したら、家庭教師の女性に告白したい』だった。でも残念ながら、受験日までに、彼の開花日が来る」


 リンは、リストに記載されている睦月のデータを確認しながら説明する。ゼンゼも本を覗き込む。 

 そこには、「開花予定日:一月十七日」と記載されていた。

 現在は、一月十日。予定日通りいけば、睦月はあと七日に開花する。


「高校受験は基本的に二月。つまりこのままいけば、彼の願望が未練となって開花することになる」

 リンは冷静な声で告げる。


「だから今回も、対象に『幻想』を見せるっていうわけか」

 ゼンゼは解決案とばかりに発言した。


 未練や後悔といった、花の養分を奪う「雑草」が残っているほど、花のランクは落ちる。

 効率面や確実面からも、対象の手入れをする際は基本的に「神」の力を使っていた。

「死」の神であるからこそ、対象の未練さえ判明すれば、幻想のひとつやふたつ見せて錯覚を起こさせるのはたやすい。


 大晦日に仕事を行った際も、実際は対象である青年一人しかいなかった。

 だが、周囲に友人がいる「ように見せかけて」、対象の未練を取り除いたのだった。


 所詮幻想だが、それでも問題はなかった。

 対象は、「幻想だった」と知る前に、開花するのだから。


 全ては、彼らの未練となる願望を達成さえすれば良い。

 死んでしまえば、後の祭りだ。


 だが、今回のリンは、どこか納得いかない表情を浮かべていた。


「どうしたんだよ」

 ゼンゼはリンの異変に気付く。


「このままだと、また同じ結果になる気がするの」


「同じ結果?」


「以前刈った花が、きれいだと思わなかった理由」


 リンの頭の中では、年末に仕事をした時のことが思い出されていた。

 あの時に回収した花は、「A」と高ランクであったにも関わらず、何故かきれいだと思えなかった。

 何故きれいに思えなかったのか、その原因が掴めなくてリンはもやもやしていた。


「おまえの花の拘りも、ここまで来ると、もはや異常だな」ゼンゼは両手を掲げた。


「データ上ではAと判断されるくらいの質だったんだ。何が不満なんだ」


「具体的な理由はない。これは直感だわ」


 リンは後に引かずに堂々と言い切る。彼女の傲慢振りは相変わらずだった。

 相棒であるゼンゼは、こりゃダメだと大きく溜息を吐いて白旗を振った。


「今月は仕事が少ない。それにまだ、開花予定日まで日がある。だから今回は、入念に手入れを行ってみるわ」


「手入れは義務じゃねぇって、何度も言ってるんだがな~」


 ゼンゼは、負け惜しむように呟くが、そこで「あ、闘牛だ」と表情を変える。


「トウギュウ?」


「赤色に興奮するやつ。マタドールが持つ赤い布に牛が突進する、人間と牛が闘う競技、だった気が」

 ゼンゼは、思い出しながら説明する。


「マタドールが私で、牛が今回の対象ってこと?」


「そうかもな。だってよ、赤い布に突進する牛は、マタドールにジワジワ槍や剣で刺されて、最後は死んじまうからな」


 そこまで説明すると、ゼンゼとリンは顔を見合わせる。


「人間の方が残酷じゃないかしら」


「俺も思った」



***



 次の日、リンたちは対象の観察の為に、再び赤森中学校に来ていた。

 夏休みの課題であさがおの観察日記が出されるように、花は日に日に成長する。そして天候や水分の有無で雑草が芽生えたりする。花の観察は、管理者としては基本中の基本だった。


「この漫画、おもしれぇな」

 ゼンゼは木の上で胡坐をかきながら、どこからか拝借した漫画雑誌を捲る。


「あなたは本当に、ジャパニーズカルチャーが好きね」

 リンは感情の欠落した声で言う。


「この世界では、本をたくさん読めば、知識が備わると言われてんだ。だからこれは、ある意味勉強なんだよ」


「漫画でも?」


「本は本だろ」ゼンゼは開き直ったように言う。


 人外でありながらも、妙に彼がこの世界に馴染んでいるのも、ある意味それらのお陰かもしれないな、とリンは内心思う。



 校門前では、たくさんの生徒が登校している。だが、校門横にそびえる木の上に佇むリンたちには誰も目を向けない。


 寒気からか、登校する生徒の顔は暗い。皆、肩を縮めて歩いていた。

 もうすぐ対象も登校する時間だろうか、と考えていると突然、「アカガミ様だ!」とタイムリーな声が響いた。


 二人は無言で顔を下に向ける。

 案の定、睦月は目を爛々と光らせながら、こちらを指差していた。


「朝から木登りだなんて元気だな! さすがアカガミ様だ」


 睦月は木の元まで近寄りながら嬉々として言う。

 いきなり訳の分からないことを話し始めた睦月につられ、周囲の人々も木の上を見る。が、すぐに首を傾げ、睦月のことを訝し気な目で見る。


「天満宮でも木の上にいただろ。やっぱ神様は上にいるものなのか? それにしても赤髪ってやっぱ目立つしかっけーぜ」


「神だけに」


 ゼンゼは嗤って呟くと、隣に座るリンをひょいと抱える。


「ゼンゼ?」


「面倒ごとになりそうだろ。闘牛は、正面衝突せずに、可憐に躱すのが正解だ」


 ゼンゼはそのまま颯爽と、木から校舎の屋根へと飛び移った。

 それと共に「うわっ! 神様飛んだ!」と、睦月の興奮する声が届いた。


「あれだけ俺らに反応する奴は、中々新鮮だな」ゼンゼは目を細めて嗤う。


「基本的に人間って、上のことなんて気づかねぇだろ。特に最近は手元のスマホ見てる奴ばかりだ。だから俺らに気づく奴なんて早々いねぇのに」


 リンたちが対象の観察を行う時は、基本的に木や屋根の上など、上から見下ろすことが多かった。

 対象が見つけやすいこともあるが、人間からも中々気付かれない位置、だった。


「少し過剰過ぎるわ」


「義務教育中の牛だから許してやれ」


 ゼンゼは愉快気に嗤う。「観察に特化したこの体質が、ネックになる時もあるんだな」


 死神は、基本的に普通の人間に姿を認識されることはない。

 だが、「死期の迫った人間」にだけは、姿が見られる体質だった。

 そして、死神の姿が認識され始めるのは、開花予定日より約一ヶ月、開花時期に入った人間が対象だった。


 この体質は、対象を見つけ出すことに便利であり、さらに他の人間には姿が見られないことで仕事もやりやすい。

 だが、少し間違えれば、現在のようなことになる。


「あれじゃ、観察がやりずらい」


 開花期間に入った睦月には、リンたちの姿が見えている。

 だが、周囲の人たちは開花が未定であることから、リンたちの姿が見えていない。

 

 いくらこちらの姿が見られていないとはいえ、あれだけ過剰に反応されれば、対象が周囲から怪訝な目で見られることになる。


 そうなれば、その視線が対象の花の質を落とす可能性だって否めなかった。


「あんなに元気でも、どうせ最後だ。悲しくも俺らが見えてる時点で、そういう運命なんだから」


 キーンコーンカーンコーンと虚しくベルが鳴る。

 いつの間にか登校時間が終了し、目下の校門前も人は見られなかった。

 皆、教室に篭り、閑散とした外の空気も相まって、ゼンゼは憐憫の情を抱く。


 リンも、教室の窓から外を眺める睦月をじっと見る。

 騒がしい子どもではあるが、リンの目にははっきりと見えていた。


 睦月の胸部には、開花を待つ種がドクドクと脈を打っている。だが身体には、種に栄養を送るまいと阻害する雑草が生えている。


 その雑草の発生要因が「受験に合格して家庭教師の女性に告白をする」だとは、以前聞き出して判明している。