• 成瀬 紫苑

「開花時期は来月です。」一月

作品情報は以下より。

※この物語はフィクションです。実在の人物、組織などとは一切関係ありません。



***



「死神」の存在が認識できるのは、死期を迎える「約一ヶ月前」。



「〇月」



一月【睦月 赤夜】


「すっげぇ〜〜赤色だな!」


 閑散とした教室内、リンの目前に座る睦月 赤夜(ムツキ アカヤ)は、目を輝かせて言う。

 短髪の柔らかい髪は跳ね、真冬であるのに学ランのボタンは全開だった。

 興奮からか頬が赤く、身体は前のめりになっていた。


「赤髪ってかっけぇ〜な〜。なんつーか、オレ、赤色が好きでさ」


「赤色が好き?」

 リンは若干、背を逸らしながら問う。


「ほら、赤色って、見るだけでもやる気が出てくるだろ? オレの名前にも『赤』が入ってるからかもしんねーけど」

 睦月はにかっと笑う。


 すでに授業は済み、窓の外から部活動に勤しむ生徒の声が、三階のこの場まで届く。

 柱はところどころヒビが入り、いかにも年季の感じられる公立中学校の教室内に、真っ赤な髪にゴシックな衣装を着た少女がいる光景は、あまりにも違和感があった。

 そして、教室内にただ一人いる睦月も、また彼女の髪色が気になっているようだ。


「でも、こんな真っ赤な髪を見たのは初めてだよ。スゲーな、おまえ日本人?」


 睦月は、距離を保たずにズケズケと問う。

 リンは数秒黙るが、「えぇ」と平然と答えた。


「なんか知らんがやる気出てきたぜ〜! さすが赤色! 赤髪だから赤神だ? アカガミ様か!」


 睦月は、一声発声するたびに腕を振り上げたり、こちらを指差したりとアクションが大きい。内なる自分と会話しているのか、リンの反応を待たずに一人で勝手に喋っていた。

 そんな彼のテンションについていけず、リンは呆気に取られていた。


 教室内にパンパンと乾いた音が二回響く。

 正気に戻ると、目前の睦月は、手を合わせてリンを拝んでいた。

 彼の奇行に、リンは開いた口が塞がらない。


「オレさ、受験が成功したら、茜さんに告白するんだ!」


「茜さん?」

 

「オレの家庭教師の先生。すげぇ美人で賢い」

 睦月は顔を上げて説明する。その目は爛々と輝いていた。


「茜さんが通ってる大学の付属高校が志望なんだけど、でも、結構賢いところで。合格できたら、茜さんにも認めてもらえるかなって、さ。でもオレ、馬鹿だから結構焦ってるんだよ。だからアカガミ様にやる気をもらおうって」


「それにしても、人をいきなり拝むのはどうかと」


「神様は拝むものだろ」

 ホラ神社とか、と睦月は当然のように言う。


「ご利益ありますようにって。ってやべ、塾の時間だ」


 時計を見た睦月は、慌てて帰宅の準備を始める。

 

 リンは小さく息を吐きながら分厚いハードカバー本を捲る。そこには、今回の対象である、「睦月赤夜」のデータが記載されていた。

 そのページに貼られている写真と、目前にいる少年の顔は一致していた。


 リンはデータを確認すると、睦月に顔を戻す。


「受験、うまくいくと良いね」


「アカガミ様にそう言われたら上手くいく気がするな」


 睦月は晴れやかな表情で答えると、「じゃ」と手を振って教室を飛び出した。


 リンは、ハードカバー本をぱたりと閉じると、窓から外に顔を出し「ゼンゼ」と声をかけた。


 突如、疾風の如く風が巻き上がる。それと共に、銀髪で眼帯をした青年が教室内に現れた。


「あいつ、大晦日んときにいた奴だよな。俺らの担当だったのか」


 颯爽と登場したゼンゼは、頭に手をやりながら軽く言う。

 大晦日の日、リンたちが別の対象を観察している際、彼女たちに反応した睦月の姿を思い出していた。あの時の彼も、リンの赤髪に過剰に反応していた。


「えぇ。わかっていたけれど、思ったことを素直に口にするタイプのようね」

 リンは、先ほどまでの彼とのやりとりを思い返しながら言う。


「だな。まー義務教育だから仕方ない」


「義務教育?」


「中学生までは強制的に勉強しなければいけないっつーこの世界の法律だ。まだ卒業してねぇからあいつは赤子同然なんだ」


 ゼンゼは愉快気に説明する。「ま、だから少しの無礼ぐらいは許してやれよ、アカガミ様」


 リンは眉を顰めて彼を見る。


「聞いていたの?」


「聞こえてただけだ。死神はあまり良い扱いされてなくて不満気だったろ。良かったじゃねぇか」


「それでも、いきなり人を拝むのは失礼じゃないかしら」


「人間じゃねぇし、俺らは神だ」


「対象は私たちが神だとは気づいていないはず」


「でも、赤い髪ではある」

 神だけに、とゼンゼは尖った歯を光らせて嗤う。リンは眉間に皺を寄せる。


「赤色に過敏すぎないかしら」


「赤色に興奮する動物って、何かいた気がするんだよな。あいつもそれと同類かもな」


 何だったかな、とゼンゼは天井を見る。


「それに人間は、何か共通点があるだけで、仲間意識を持つ習性があるらしいからな。ま、でもそのおかげで今回はやりやすかったんじゃねぇのか」


 リンは、釈然としない表情で自身の髪を触る。

「確かに、今回は『未練』がすぐに判明したわ」


 そう言うと、リンは分厚いハードカバー本を開く。


「対象の願望は、『受験で合格したら、家庭教師の女性に告白したい』だった。でも残念ながら、受験日までに、彼の開花日が来る」


 リンは、リストに記載されている睦月のデータを確認しながら説明する。ゼンゼも本を覗き込む。 

 そこには、「開花予定日:一月十七日」と記載されていた。

 現在は、一月十日。予定日通りいけば、睦月はあと七日に開花する。


「高校受験は基本的に二月。つまりこのままいけば、彼の願望が未練となって開花することになる」

 リンは冷静な声で告げる。


「だから今回も、対象に『幻想』を見せるっていうわけか」

 ゼンゼは解決案とばかりに発言した。


 未練や後悔といった、花の養分を奪う「雑草」が残っているほど、花のランクは落ちる。

 効率面や確実面からも、対象の手入れをする際は基本的に「神」の力を使っていた。

「死」の神であるからこそ、対象の未練さえ判明すれば、幻想のひとつやふたつ見せて錯覚を起こさせるのはたやすい。


 大晦日に仕事を行った際も、実際は対象である青年一人しかいなかった。

 だが、周囲に友人がいる「ように見せかけて」、対象の未練を取り除いたのだった。


 所詮幻想だが、それでも問題はなかった。

 対象は、「幻想だった」と知る前に、開花するのだから。


 全ては、彼らの未練となる願望を達成さえすれば良い。

 死んでしまえば、後の祭りだ。


 だが、今回のリンは、どこか納得いかない表情を浮かべていた。


「どうしたんだよ」

 ゼンゼはリンの異変に気付く。


「このままだと、また同じ結果になる気がするの」


「同じ結果?」


「以前刈った花が、きれいだと思わなかった理由」


 リンの頭の中では、年末に仕事をした時のことが思い出されていた。

 あの時に回収した花は、「A」と高ランクであったにも関わらず、何故かきれいだと思えなかった。

 何故きれいに思えなかったのか、その原因が掴めなくてリンはもやもやしていた。


「おまえの花の拘りも、ここまで来ると、もはや異常だな」ゼンゼは両手を掲げた。


「データ上ではAと判断されるくらいの質だったんだ。何が不満なんだ」


「具体的な理由はない。これは直感だわ」


 リンは後に引かずに堂々と言い切る。彼女の傲慢振りは相変わらずだった。

 相棒であるゼンゼは、こりゃダメだと大きく溜息を吐いて白旗を振った。


「今月は仕事が少ない。それにまだ、開花予定日まで日がある。だから今回は、入念に手入れを行ってみるわ」


「手入れは義務じゃねぇって、何度も言ってるんだがな~」


 ゼンゼは、負け惜しむように呟くが、そこで「あ、闘牛だ」と表情を変える。


「トウギュウ?」


「赤色に興奮するやつ。マタドールが持つ赤い布に牛が突進する、人間と牛が闘う競技、だった気が」

 ゼンゼは、思い出しながら説明する。


「マタドールが私で、牛が今回の対象ってこと?」


「そうかもな。だってよ、赤い布に突進する牛は、マタドールにジワジワ槍や剣で刺されて、最後は死んじまうからな」


 そこまで説明すると、ゼンゼとリンは顔を見合わせる。


「人間の方が残酷じゃないかしら」


「俺も思った」



***



 次の日、リンたちは対象の観察の為に、再び赤森中学校に来ていた。

 夏休みの課題であさがおの観察日記が出されるように、花は日に日に成長する。そして天候や水分の有無で雑草が芽生えたりする。花の観察は、管理者としては基本中の基本だった。


「この漫画、おもしれぇな」

 ゼンゼは木の上で胡坐をかきながら、どこからか拝借した漫画雑誌を捲る。


「あなたは本当に、ジャパニーズカルチャーが好きね」

 リンは感情の欠落した声で言う。


「この世界では、本をたくさん読めば、知識が備わると言われてんだ。だからこれは、ある意味勉強なんだよ」


「漫画でも?」


「本は本だろ」ゼンゼは開き直ったように言う。


 人外でありながらも、妙に彼がこの世界に馴染んでいるのも、ある意味それらのお陰かもしれないな、とリンは内心思う。



 校門前では、たくさんの生徒が登校している。だが、校門横にそびえる木の上に佇むリンたちには誰も目を向けない。


 寒気からか、登校する生徒の顔は暗い。皆、肩を縮めて歩いていた。

 もうすぐ対象も登校する時間だろうか、と考えていると突然、「アカガミ様だ!」とタイムリーな声が響いた。


 二人は無言で顔を下に向ける。

 案の定、睦月は目を爛々と光らせながら、こちらを指差していた。


「朝から木登りだなんて元気だな! さすがアカガミ様だ」


 睦月は木の元まで近寄りながら嬉々として言う。

 いきなり訳の分からないことを話し始めた睦月につられ、周囲の人々も木の上を見る。が、すぐに首を傾げ、睦月のことを訝し気な目で見る。


「天満宮でも木の上にいただろ。やっぱ神様は上にいるものなのか? それにしても赤髪ってやっぱ目立つしかっけーぜ」


「神だけに」


 ゼンゼは嗤って呟くと、隣に座るリンをひょいと抱える。


「ゼンゼ?」


「面倒ごとになりそうだろ。闘牛は、正面衝突せずに、可憐に躱すのが正解だ」


 ゼンゼはそのまま颯爽と、木から校舎の屋根へと飛び移った。

 それと共に「うわっ! 神様飛んだ!」と、睦月の興奮する声が届いた。


「あれだけ俺らに反応する奴は、中々新鮮だな」ゼンゼは目を細めて嗤う。


「基本的に人間って、上のことなんて気づかねぇだろ。特に最近は手元のスマホ見てる奴ばかりだ。だから俺らに気づく奴なんて早々いねぇのに」


 リンたちが対象の観察を行う時は、基本的に木や屋根の上など、上から見下ろすことが多かった。

 対象が見つけやすいこともあるが、人間からも中々気付かれない位置、だった。


「少し過剰過ぎるわ」


「義務教育中の牛だから許してやれ」


 ゼンゼは愉快気に嗤う。「観察に特化したこの体質が、ネックになる時もあるんだな」


 死神は、基本的に普通の人間に姿を認識されることはない。

 だが、「死期の迫った人間」にだけは、姿が見られる体質だった。

 そして、死神の姿が認識され始めるのは、開花予定日より約一ヶ月、開花時期に入った人間が対象だった。


 この体質は、対象を見つけ出すことに便利であり、さらに他の人間には姿が見られないことで仕事もやりやすい。

 だが、少し間違えれば、現在のようなことになる。


「あれじゃ、観察がやりずらい」


 開花期間に入った睦月には、リンたちの姿が見えている。

 だが、周囲の人たちは開花が未定であることから、リンたちの姿が見えていない。

 

 いくらこちらの姿が見られていないとはいえ、あれだけ過剰に反応されれば、対象が周囲から怪訝な目で見られることになる。


 そうなれば、その視線が対象の花の質を落とす可能性だって否めなかった。


「あんなに元気でも、どうせ最後だ。悲しくも俺らが見えてる時点で、そういう運命なんだから」


 キーンコーンカーンコーンと虚しくベルが鳴る。

 いつの間にか登校時間が終了し、目下の校門前も人は見られなかった。

 皆、教室に篭り、閑散とした外の空気も相まって、ゼンゼは憐憫の情を抱く。


 リンも、教室の窓から外を眺める睦月をじっと見る。

 騒がしい子どもではあるが、リンの目にははっきりと見えていた。


 睦月の胸部には、開花を待つ種がドクドクと脈を打っている。だが身体には、種に栄養を送るまいと阻害する雑草が生えている。


 その雑草の発生要因が「受験に合格して家庭教師の女性に告白をする」だとは、以前聞き出して判明している。


 雑草は、種に回るはずの養分を奪って種の質を阻害する。放置すると、どんどん成長して膨れ上がり、最終的には質を落とすだけでなく、花が咲いた後もこの世に根付くことになる。その存在が「霊」としてこの世界で取り上げられているのは言うまでもない。

 雑草の除去は義務ではないものの、少しでも手入れする方が賢明ではあった。


「せめて、最後ぐらいはきれいに咲きましょう」


 校舎内が騒がしくなる。体育館で朝礼が行われるようで、生徒たちは廊下で列を形成し始めていた。



***



 体育館内は緩慢な空気が流れていた。

 校長の中身の無い長い挨拶と、体育館の暖房の無いこの場所から、生徒たちは皆、肩を縮こませ、手を揉み苦痛を耐えていた。ある意味、拷問に近いかもしれない。


 そんな朝礼も終え、生徒たちは小さく息を吐きながら教室に戻る。

 金曜日だからか、授業中も皆、机に伏せたり頬杖をついて窓の外を見たりと気が緩んでいる。


 しかし、そんな中でも一人、背筋を伸ばして黒板を注視し、一心にノートに板書する生徒がいた。


「オレ、白扇高校いけそうっすか……?」


 職員室、睦月は担任の先生に不安気に問う。

 担任は睦月の模試結果を見ながら軽く頷く。


「そうだな。この判定だったら何とかいけるかもしれないな」


「まじっすか!」

 睦月は顔を輝かせて両手でガッツポーズを取る。


「春の頃と全然違うぞ。この冬休みに何があったんだ。正直、先生も驚いてるよ」

 担任の先生も感心して拍手する。


「じゃあ、願書も」


「あぁ。明日には届くだろうから、締め切りの十七日までにはちゃんと提出するんだぞ」


「ハイッ!」


 睦月は目を爛々と光らせて返事した。


「十七日って確か、開花予定日だよな」


 窓の外から様子を見ていたゼンゼは、隣の隣に問う。


「……そうね」


 リンは顎に手をやり。思案しながら答えた。



***



「オレ、まじで受験いけるかもしんねぇよ! これもアカガミ様の力だ!」


 帰路につく睦月に接触すると、すぐに彼は満面の笑みで報告した。


「私は何もしていないけれど」

 リンは無表情のまま答える。


「冬休み前まで白扇なんて絶対無理だって言われてたんだ。でもオレ、見てろよ〜って、闘争心湧いてきてガムシャラにやってたけど、やっぱ俺バカだし。で、大晦日に天満宮に無理矢理連れて行ってもらったんだけど、その時に初めてアカガミ様見たからさ」


 睦月は興奮気味に説明する。


「最後の砦だったんだけど、やっぱり神様に頼むのってすげえな。まじで感謝するぜ」


「私は何もしていない」


「神様っているだけでご利益があるんだろ。ほら座敷わらしだって見るだけで幸福になるとか言うし」


「神様と妖怪は違うわ」


「似たようなもんだろ」

 睦月はあっけらかんと言う。


 僅に嫌悪感を示すリンに、頭上の木の上から会話を聞いていたゼンゼは、「義務教育中の牛だ」とニヤニヤ嗤いながら宥めた。可憐に躱せ、繊細にいなせ。


 時は一月十一日。開花予定日まであと六日となっていた。



***



 一月十四日。

 開花予定日四日前となると、死神は自由に開花のタイミングを選択することができる。


 風呂上りが一番清潔であれば、洗浄した野菜が一番新鮮であるもの。

 開花のタイミングを操ることができることからも、質の一番良い状態である手入れの済んだ直後に花を咲かせることも可能だった。


 開花のタイミングを操るだけで、直接手を下しているわけではない。


「開花する」という運命は、ほぼ変わらないのだから。



 基本的に対象が自宅いる場合は、家の外から観察することが多かった。

 対象には姿が見られることから家の中に入ることまではできない。


 昨夜に再び寒波が訪れたことで、周囲は銀世界となっていた。

 だが、死神は気温が感じにくい為、雪が積もろうとも特に支障はなかった。


「今日は家庭教師が来るみたいね」

 リンは、分厚いハードカバー本をめくりながら言う。


「告白するって気合入ってた人間か」

 ゼンゼは、中古紙利用の漫画雑誌をめくりながら言う。


 睦月の自宅玄関前に人影が現れる。

 小柄ながらも背筋を伸ばし、清潔感あふれる装いだった。ひと目で「育ちが良い」と判断できるほどの印象を抱く。

 女性はインターホンを鳴らすと、ドアを開けて中に入った。


「さすがにあの女は、レベルが高すぎるんじゃねーのか」


 ゼンゼは苦笑しながら言う。「闘牛を、特別観覧席から見下ろす位置にいるような人間じゃねーか」


「確かにね」


 そう答えつつも、リンの頭の中では、案外いけるのではと考えていた。

 目標に猛突進する睦月の性格からも、根拠はなくとも、不可とは言い切れなかった。


 おそらく今頃、家庭教師の女性にも模試結果を報告しているだろう。着実に彼の願望を叶えることに近付いているはずだ。


 リンは内心安堵していたが、数時間後に予想外のことが起きる。



***



「先生に判定結果を報告してないの?」


 数時間後、家庭教師の女性が帰宅し、睦月が外に出たタイミングで、リンは思わず声をかけていた。

 彼は、昨日確認した時よりも雑草が増えていた。未練となる要素が増えたことを表している。


 家から出てきた睦月は、「アカガミ様!」と笑顔で反応したものの、すぐに浮かない顔に戻った。


「まだ言ってないつーか、言えないつーか」


「言えない?」


「なんかオレ、すげえガキだなぁと思ってしまって」


 睦は頭をかきながら告白する。リンとゼンゼは首を傾げる。


「茜さん、今週成人式だったらしくてさ、色々話聞いたり写真見せてもらったりしたんだけど、段々オレがスゲェ子どもに思えてきてしまって。まだ中学生だし当たり前なんだけど。でも、やっぱ大学生って全然違うなって」

 睦月は滔々と語る。


「私服もおしゃれだし、振る舞いもマナーとかきちんとしてて大人だし、お酒もタバコも運転もできるし。そんな人間が周りにいる中で、オレってさ」


 今の睦月は、明らかに自棄になっていた。

 まるでエンジンの切れた車のように、闘い疲れた牛のように、憔悴しきった状態だった。


 全力疾走で走っているときに足をひっかけられたかの如く。普段、前しか見ていない彼だからこその反動のように感じられた。


 そんな彼に、どこか落胆しているリンがいた。


「大人は何十年と大人でいられるけれど、中学生でいられるのは、たった三年間だけだわ」


 リンは冷静に答える。睦月は顔を上げてリンを見る。


「先のことなんて考えたって意味がないわ。今の自分がいなければ、明日の自分はいないのだから」


 根拠の感じられない漠然とした言葉はキザに感じられる。

 だが死神の彼女が口にするのは、重みがはるかに違う。

 睦月が数日後に死ぬ、とわかっているのだから。


 リンの言葉の重みを感じたのか、睦月は表情を反転させて「そうだな!」と胸を張った。


「何、しょぼくれてんだろ。オレらしくねーよな。ははっ、またアカガミ様に助けられてしまったぜ〜〜! よっし、願書出したら報告すんぞ〜!」


 最後の足掻きだ、と睦月は身体を反転させて自宅へと戻った。



「良いこと言うじゃねぇか」

 ゼンゼは軽く頷きながらリンに声をかける。


「彼には期待しているのよ」

 リンは冷静に答える。


 普段なら、未練が判明した時点で死神の力を使い、人間の願望を叶えてきた。

 だが、まっすぐに突き進む彼の姿を見たからこそ、どこまで突き進むのか見てみたくなったのだろう。死神が手を差し伸べるのは、むしろ野暮というところだ。


 リンはそう感じたからこそ、いまだ手を出してはいなかった。


「彼は前に進む力が十分にある。今回の私たちは、反転した身体を前に向けさえすれば良い」


 一月十七日まで、あと四日。

 稀に開花予定日よりも早咲きになることもある。

 予期せぬ開花の為にも、睦月には今を一番に生きてもらうことが理想だった。



***



「よし。ちゃんと出しておくな」

 担任は、睦月から願書を受け取ると、力強く頷いた。


「よろしくお願いします!」

 睦はそう言うと、パンッと手を鳴らして先生を拝み始めた。

 

「先生を拝むな」


「オレの人生がかかってんだ! 頼む!」


 苦笑する担任の言葉も聞かずに、睦月は深々と頭を下げた。


「あいつは人を拝む習性があるのか」ゼンゼは嗤う。


「それだけ必死ってことね」リンは小さく微笑んだ。


「今日、家庭教師だっけ」


「えぇ」


「じゃ、開花はその後か」


 予定を確認する軽い言葉に、リンは目を閉じ、「えぇ」と答えた。

 

「でも今回、普段よりも手入れやっていない気がするけど」


「今回はこれで良いと思うの」


「お得意の直感ですか」


「えぇ。でも、結果を見てから判断しなければね」


 そう言うと、リンたちは腰を上げた。


 時は一月十七日。開花予定日当日だった。



***



 寒波も過ぎ、冷風も少なく穏やかな夜が訪れていた。

 人間にとったら過ごしやすい気候なのかもしれないが、もちろん死神には関係ない。


 リンたちは、次の対象の元に向かっていた。彼女の手には、生き生きと輝く花の入れられた小瓶が持たれている。


 小瓶のラベルには、「A」と「睦月赤夜」と表記されていた。


「もしかしたら、私たちが力を使わないほうが、きれいに咲くのかもしれない」

 リンは小瓶に目をやりながら呟く。


「そんなことあるか?」

 ゼンゼも顎に手を当て、小瓶を見る。


「前回と同じAには変わりないけれど、でも、確実に今回の方がきれいに見えるもの」


「そう言われたらそうかもしれねぇが」


 ゼンゼは物珍し気に花を確認する。リンは深く腕を組む。



「『夏原杏里』って、覚えてるかしら」


「あ〜〜、確か、高校生歌姫」


「そう」


 夏原杏里は、「天才歌姫」と呼ばれたSランクの魂を所持した女子高校生だった。

 数年前にリンが担当したことで、「夏原杏里」という人間としては、すでにこの世にいない。

 リンがこの街、「虹ノ宮」の担当になった一年目に、かつ「S」ランクという貴重な存在であっただけに、いまだに彼女のことは記憶にあった。


「彼女は私たちの力を使わず、自力で未練を取り除き、最高の花を咲かせた」


「そういえば、そうだっけ」

 ゼンゼは過去を懐かしむように言う。


「この世界でも、薬を利用することは良くない傾向にあるでしょ。そもそも幻覚を見せる薬は日本では違法だし、野菜も無農薬の方が新鮮で良いと思われる傾向がある。だから」


 リンは小さく息を吸うと、暗い空を見上げる。



「これからは、なるべく力を使わないで質を上げようと思う」


 その言葉に、ゼンゼは眉間にしわを寄せる。


「力を使わなければ、負の感情に対して、人間自らが立ち向かわせる気にさせなければならねぇ。つまり、それだけ人間に関わらなければならねぇんだぞ」


「わかっているわ。私たちは、人間が前に進む背中を見守り、後ろを向いた時に手助けするだけよ」


 そう言うと、リンはゼンゼにまっすぐ視線を向ける。「大丈夫。もうあなたを危険に晒すようなことはしないから」


 過去を思い出しているのか、彼女の強い決意を感じたゼンゼは、満足気に嗤う。


「そもそも、そこまでして質を上げる必要はないって何度も言ってるんだがな」


「そこは私が一番妥協しない、とは、相棒であるあなたが一番わかっているでしょう」

 リンは彼を挑発するように微笑む。


「私は人間が好きなのよ。だからこそ、最期くらいはきれいに咲いて欲しい。それは『人間を生かしたい』という感情には該当しないはず」


「それもそうだな」

 ゼンゼは愉快そうに顎を擦った。


 虹ノ宮の中でも郊外に位置するこの場所は、視界が開けていた。先日までの寒波で大気のチリは落とされ、夜空は澄み渡っている。眩く輝く月と恒星は街を照らし、川で冷やされた大気が素肌にキンと染み入る。真冬の夜だった。


「そういえばあなた、一つ間違っているわ」


「何が?」

 薮から棒に、とゼンゼは目を丸くする。


「闘牛の牛は、赤い布に反応するのではなく、布の動きで興奮するらしい」


 リンは淡々と告げる。

 ゼンゼはしばらく静止するも、「じゃ、やっぱ今回の対象は特殊だったのか」と口角を上げた。



一月【睦月 赤夜】 完



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